中山道(木曾、美濃)

関ヶ原宿(不破郡関ヶ原町)

北国街道、伊勢街道の分岐点があり、難所の今須峠をひかえ栄えていた宿場。

脇本陣跡
本陣は現存しないが、脇本陣は門が残されている。ここで臨済宗妙心寺派の名僧と言われた至道無難禅師が誕生している。

野上の松並木
美濃中山道では唯一の松並木で、野上の集落を挾むように東西に20本ぱかり残り、保存や植樹もされている。

野上の里
かつて東山道の駅が置かれ長老屋敷跡も残る静かな里。天武天皇の行宮跡地や、真念寺境内に斑女伝説にまつわる観昔堂がある。

天下分け目の古戦場(関ヶ原の戦い)
家康が最初の陣を置いた桃配山など、中山道は関ケ原の戦いの古戦場の中を通る。

不破関
壬申の乱の後、設けられた関所で、越前の愛発、伊勢の鈴鹿と共に三関と言われていた。のち荒廃した関所は歌に詠まれた。関守跡には石碑が残る。

壬申の乱を偲ぷ里
松尾の集落に大海人皇子(天武天皇)を祭る井上神社、藤下には大友皇子(弘文天皇)を察る若宮八幡宮、弘文天皇御陵候補地などがあり、中山遺は壬申の乱を偲ぷ里を通る

竈鶯の滝
僅か数メートルの滝だが、古くから歌に詠まれている。中山遣から見下ろすことができる。

常盤御前の墓
都から逃れた義経を追いここまできた常盤御前は、土賊におそわれ殺されてしまった。それをあわれんだこの土地の人が葬リ、墓を建てたと伝えられ五輪塔が悲しい伝説を物語っている。

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